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【小説】69歳の学生から20代の学生たちへ 02

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タイトル:電園復耕~大通りからそれて楽しく我が道を歩こう

この記事はオルタナSに掲載された小説です。

なぜ人を押しのけて狭き門に殺到するのか?自分を愛し迎えてくれる人たちとの人生になぜ背いて生きるのか? この書き下ろしは、リクルートスーツの諸君に自分の人生を自分で歩み出してもらうために書いた若者のためのお伽話である。(作・吉田愛一郎)

◆前回はこちら

輿水敏夫だ。細身だが、がっしりしている上半身が薄汚れたレンガ色のスウェットの下で息をしている。ジーンズの膝の部分が破れているが、これは作業中に破れたので、ファッションで破いたのではない。

黒いダナーの様なトレッキングシューズはかなりくたびれている。「ケイちゃーん」と彼は驚きとおどけを混ぜて大声で呼びかけてきた。周りの魚たちは無反応に流れてゆく。敏ちゃんが群れの隙間を狙って、バスケットボールのポインドガードのように腰をかがめ、身をくねらせて近づいて来る。 「なんでこんなところに居るの?」敏夫は嬉しそうに尋ねた。啓介も半身になって色のない人の流れを切り進んで「私はサラリーなんでーす」と啓介もおどけて言った。 近づくとゴーグルの跡だけ、猿のように白く焼けのこった顔が滑稽だった。 「スキー場は?」啓介が尋ねた。 「先週で終わりだよ」 「けいちゃん、今シーズンはあまりこんかったね」 「行けなかったな~。カナダ人のインストラクターたちは?」 「先月末で皆、帰国だよ」 「また来年だね」 話す二人をかすめて魚群は流れてゆく。大柄の啓介は、チャコールグレーにブルーのストライプのスーツに黒いニットのタイをウインザーノットに締めているが、襟元は大きく緩み、胸元のボタンも二つ開いている。 スーツは今売り出しの若手デザイナー北山幸彦が彼の為に自ら選んでくれたものだが、ポケットになんでも突っ込む癖と、脱いで畳まない癖とそれに去年より5キロは太った体には、小さい上によれていた。その体がゆっくりと動き出した。 魚たちが身を引いて隙間を作ったように敏夫には見えた。 相談なしで動くのは山に居ても都会にいても同じだなと敏夫は思った。 「どこに行く」敏夫は尋ねた。 「神田の方で一杯やろう」 「大丈夫かい」敏夫は一応は聞いた。 啓介は笑って、携帯電話を取り出した。 「吉井です。平山係長お願いします」 しばらくして平山のしわがれ声が敏夫にも聞こえた。 「どやねん」 啓介はこの関西弁が苦手だ。なんて答えていいかわからないから少し黙っていた。 「もしもし、売れとるんか?」と平山の声がもう一度した。 啓介は敏夫に不愉快そうに眉を曇らせ「今、山梨バルブの関係者と会っています」と低い声で答えた。 「相手はえらいさんか?」平山が執拗に聞いてきた。 「ひらやまさんです」啓介はしまったと思った。 いつも平山をヒラ同然の係長などと同僚と揶揄していたせいでこんな悪い冗談が口をついてしまった。しかし平山はそれを冗談と取らず、「なんやワシと同じ名前かい」啓介はほっとした。 「偉くはないですが、社長とツーカーですから」 啓介は敏夫に目配せをして「しばらく話し合いますから、遅く帰社します」といった。帰社してもしなくてもどうでもいい。 平山は毎日5時きっかりに退社するからだ。 啓介が言ったことはそれほど嘘ではない。敏夫は山梨バルブの子会社が経営するスキー場の季節従業員だからだ。林業労働者は積雪のある冬場は仕事が無い。だから雪の季節には出稼ぎするか冬場の仕事に付くかするのである。敏夫は毎年スキー場でパトロールをして暮らしている。シルバーバレースキー場と言うのが敏夫の職場で、その親会社は山梨バルブである。 山梨バブルは日本がバブル経済に浮かれていた時、ご多分に漏れず大儲けした。東証に上場したときはみな山梨バブルと言ってその株価に注目したものだ。当時のあり余る資金で山梨バルブは多角化経営に乗り出した。その一つがスキー場経営である。山梨スキーリゾート株式会社の社長は、親会社山梨バルブの次男45歳の小沢豪太である。 そんな関係で啓介は山梨スキーリゾートに保険代理店を引き受けてくれないかと敏夫を介して勧誘していたのである。ビジネスよりもスキーそのものが大好きなぼっちゃん社長は敏夫を年の離れた弟のようににかわいがっているから、啓介が携帯で平山と話したことはまんざら嘘でもないのである。 二人は五時前の永代通りを右に曲がって日比谷通りを歩いた。この偶然の出会いと不意の右折が啓介の人生を大きく変えることになるのだが、こんなふとした右折が若者の人生を大きく変えることなどは決して奇遇ではない。むしろ奇遇の方が普通で、大きな群れが狭き門に殺到して、仲間を蹴落としながら直進することが普通なら、普通とは本当に骨の折れる罪な生き方なのかもしれない。 文・吉田愛一郎:私は69歳の現役の学生です。この小説は私が人生をやり直すとすればこうしただろうと言う生き方を書いたものです。半世紀若い読者の皆様がこんな生き方に興味を持たれるのであれば、オルタナSの編集スタッフにご連絡ください 皆様のご相談相手になれれば幸せです。 続きはこちら